寒霞渓から山岳霊場2カ所をめぐり、次は映画村へ車を進めました。
映画村とは、故・坪井栄の名著「二十四の瞳」が主に小豆島の岬分校に通う子供たちと若い女教師の日常を綴ったものだったので、映画化されたときロケも行われ、その後、そのあたりが映画村として観光化されています。

映画村には三重ナンバーの観光バスが二台入ってきましたが70歳以上くらいの高齢者ばかりでした。「二十四の瞳」は主に太平洋戦争中のことが書かれた小説なので、若い方は「二十四の瞳」はほとんど知らないでしょうね。君の瞳は百万ボルトは知っていても・・・・・

「岬の分教場」の建物の中には70年ほど前の教室の様子が再現されていました。
映画村を後にして42番の山岳霊場・[西ノ滝」へ向けて走りました。ちょうど昼食時だったので途中のオリーブ公園のレストランで地中海料理を食べました。以前福知山で食べたのと同じように美味しかったです。

急な山道を登っていくと駐車場があり、そこに車を置きました。この霊場も山の岩肌にへばりついたように建物があります。もみじが鮮やかできれいでした。

ちょうど引き潮で砂州が現れたエンジェルロードが見えていました。3つの島が繋がるのです。遍路で来たときはいつもロードの近くのホテルに泊まるので歩きに行きます。春は近くの主婦の方がポリバケツを持って貝堀りをしています。

目的地の41番霊場の「仏谷山」は、この山を途中まで降りて西へ行く道を登るのですが、山道を歩いて10分くらいで行けると「西ノ滝」の住職さんにお聞きしたので山道を歩くことにしました。山道の歩道はちょうど作業員さんたちが箒で落ち葉をきれいに掃いていらっしゃいました。
「仏谷山」は銀杏黄葉がとてもきれいでした。

今日は住職さんはもう帰られたとのことでしたが、入り口に戸はなく中に入れました。私を助けてくれた「石守り」がたくさん置いてありました。誰もいなくても大丈夫なのでしょうか。サルはここにはいないのでしょうか。このブログを書いていて心配になりました。

この秋から私の手紙を参拝者に読んでくださっているそうです。 このあと、仏谷山の住職さんのお寺である40番霊場の保安寺に行きました。住職さんにお会いしたいと思ったのですが、出かけられていてお留守とのことで、坊守である奥様にお会いしてしばらくお話ししました。
帰る途中、道路の上り坂を少し走ると大観音像がみえてきました。ここは「大本山仏歯寺」別名「しあわせ観音」とよばれ、全国の檀信徒さんの浄財で建立されたそうです。
これまで3月に友人に誘われて遍路でく来たとき、バスの中で木片に願い事を書き、この寺院の地下にあるお祈りする場所で毎回護摩焚きをしていただきます。
また、像の胸にあるネックレスの楕円形の宝石のように見えるのは窓になっています。ここまでエレベーターで上がって窓から外を眺めると土庄の町や海がよく見えます。館内を夫を案内し、土産物を買い、天茶をいただきました。観光客は私たちだけでした。
今の時期は日が短く、もう陽は西に傾きかけていました。大部港に向けて走りました。
17時10分発のフェリーは乗る車が少なく、ガラガラでした。日生に着き、少し一般道を走って、赤穂から山陽道にのりました。途中のサービスエリアで夕食をとり、帰宅したのは21時15分でした。
長い一日、お疲れさまでした。小豆島の中は私が運転し、本州は夫が運転しました。
毎年、3月の第2土日は一泊二日の遍路旅が決まっています。今年は行けなかったけれど、来年の3月は夫も遍路に参加するかもしれません。
何よりも無事に走れてよかったです
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